スリランカの村で学んだ「生きる力」と好奇心|AI時代の子どもに伝えたいこと
東南アジアって聞くと、どんなイメージがありますか?
「なんとなく汚そう」
「お腹を壊しそう」
「ご飯が合わなそう」
「治安が不安」
正直に言うと、大学生だった頃の私は、まさにこんなイメージを持っていました。
行ったこともないのに、勝手に「自分の中の答え」を決めつけていたんです。
でもある日、ふと思いました。
「行ったこともないのに、嫌だとか怖いとか言うのはフェアじゃないな」
この一歩が、スリランカの村で道路を作るボランティアにつながり、
さらにロジカルAIスクール(ロジスク)の教育観にもつながっていきます。
今日はその話を、少し深く書いてみます。
「東南アジアはちょっと…」から始まった
当時の私は、海外にはそれなりに行っていましたが、
いわゆる「途上国」と呼ばれる国には行ったことがありませんでした。
なんとなく、
- 東南アジアに行ったらお腹壊しそう
- トイレが大変そう
- 衛生面が不安
みたいなイメージだけが頭の中を支配していました。
でも、よく考えたらそれって全部「聞いた話」と「勝手な想像」です。
「このまま食わず嫌いで終わるのは、なんか違うな」
と思い、さすがに一人旅は怖かったので、いろいろ探してみた結果、
出会ったのがNPO法人goodのスリランカキャンプでした。
スリランカの村で「道路を作る」生活
そのプログラムはこんな内容でした。
- 日本人の大学生が20人ほど参加
- スリランカのとある村で、1家庭に1人ずつホームステイ
- 日中はみんなで外に出て、ひたすら道路を作る
冷静に考えると、なかなかハードです。
でも、行ってみたら…これがとんでもなく楽しかった。
村の生活は、想像していた以上に「リアル」でした。
- 村の外れには、象よけの電柵が張り巡らされている
- 象に家を壊された跡が残っている家がある
- ゾウは本気を出すと時速60キロで走るらしい
- 15年ほど前まで内戦をしていて、地雷で足を失った人もいる(その人には国から一生生活費が出る仕組みになっている)
- 「サソリが出るかも」「ラッセルクサリヘビという、噛まれたらほぼ100%死ぬ毒蛇がいる」とあっさり言われる
- その辺を、孔雀が普通に歩いている
文字にするとちょっとフィクションみたいですが、全部現実です。
「日本語しか話せない」けど、意外と何とかなる
私がホームステイした家族は、もちろん日本語は話せません。
そして私は、英語もそんなに得意ではありませんでした。
最初の数日は、
「このまま2週間、意思疎通できなかったらどうしよう」
と本気で不安でした。
でも、意外と何とかなります。
- 身振り手振り
- 表情
- 子どもたちのいたずら
- 一緒にご飯を作る
- 一緒にテレビを見る
言葉で全部わからなくても、「一緒に過ごす時間」そのものが会話になっていく感覚がありました。
日本語しか話せなくても、
「伝えよう」とする気持ちがあれば、案外どうにかなる。
これは、本やネットでは絶対に学べない感覚です。
道路を作りながら見えた「世界のリアル」
日中は、ひたすら道路を作ります。
- 土を掘る
- 石を運ぶ
- コンクリートをならす
- 汗だくになる
単純作業ですが、ふとした瞬間に、いろいろなことを考えさせられます。
「この道路ができたら、この村の人たちの生活はどう変わるんだろう」
「自分は日本で、どんな道の上を歩いてきたんだろう」
「生きるって、こういうインフラの上に成り立っているんだよな」
日本でスリランカのことを研究して、講座をやっている人もいます。
その知識や分析ももちろん大事です。
でも、
「実際に村で暮らし、泥だらけになって道路を作り、現地の人と一緒に笑った自分の感覚」
には、また別の種類の価値があると感じました。
ここで、私の中でハッキリしたのが、
「百考は一験にしかず」
という感覚です。
あまりに楽しすぎて「スリランカ覚醒」
このスリランカキャンプは、私にとって完全に覚醒イベントでした。
「ボランティアって、こんなに楽しいのか」
「“途上国=大変そう” というイメージ、どんだけ失礼だったんだ」
そう思うくらい、心を揺さぶられました。
その半年後。
なんと、当時ホームステイしていた家族の親族と仲良くなり、再びスリランカへ。
今度はプログラムではなく、
「10日間、スリランカ中を案内してもらう旅」
に出かけました。
- 観光客がほとんどいない海岸線
- 現地の人しか行かないような市場
- ローカルな食堂
- 村の人たちが普通に暮らしているエリア
ガイドブックには出てこない場所を、次々と連れていってもらいました。
ここで私は完全に確信します。
「机の上で世界を知ったつもりになるのと、
実際に世界の中に飛び込むのは、まったく別物だ」
この経験が、なぜロジスクにつながるのか
スリランカでの体験は、ロジカルAIスクールの考え方に、かなり直接的な影響を与えています。
AI時代になると、
「百聞」と「百見」のコストはどんどん下がります。
- AIが一瞬で情報を集めてくれる
- 現地の映像や写真も、いくらでも見られる
- 体験談やレビューも、無限に読める
だからこそ、人間側が意識して大事にしないといけないのが、
- 自分の頭でじっくり考える「百考」
- 実際にやってみる「百験」
の部分です。
ロジスクでは、子どもたちに
「AIで調べただけで分かった気になる大人」ではなく、
「AIを使いながらも、自分で一歩踏み出せる人」
になってほしいと考えています。
そのために、教室の中でできる限りの「百験」を用意しています。
- AIと対話しながら、物語をゼロから作る
- 表紙デザインを考え、実際に形にして印刷する
- 動画生成AIで、自分の物語の予告編をつくる
- 3Dプリンターで、自分のイメージを現物にする
どれも、「AIにやらせて終わり」ではなく、
「自分で考え、試し、失敗し、修正し、完成させる」
というプロセスを大事にしています。
子どもに用意したいのは「安全なスリランカ体験」
もちろん、小学生のうちからスリランカに行け、という話ではありません。
言いたいのは、
「その子なりのスリランカ体験を用意してあげたい」
ということです。
- これまで行ったことがない場所に行ってみる
- やったことのない遊びや習い事に一歩踏み出してみる
- AIにアイデアを出してもらって、本当に作ってみる
- うまくいかなかったときに、それを一緒に笑える大人がそばにいる
こうした一つひとつが、
子どもにとっての「小さなスリランカ」だと思っています。
AI時代の「本物の学び」は、やっぱり経験から
スリランカの村で道路を作っていたとき、
私はスマホもほとんど触らず、AIにも一切頼らず、
ただ目の前の人たちと土と汗と笑いに向き合っていました。
その時間で得たものは、
AIでは再現できないし、データとしても完全には残せません。
でも、あのときの空気や匂い、現地の人の笑顔や沈黙は、
今でも私の中で、確かに「生きている感覚」として残っています。
AIはこれからも、ものすごいスピードで進化していきます。
それでも、
「最後に自分をつくるのは、やっぱりリアルな経験だ」
という確信は、スリランカの土の感触と一緒に、ずっと消えません。
ロジカルAIスクールでは、
そんな「経験の力」を信じながら、
AIと一緒に学ぶ場をこれからもつくっていきます。
教室の雰囲気やカリキュラムは、
ロジカルAIスクール公式サイト
でもご紹介していますので、よろしければのぞいてみてください。
著者:川島優貴
所属:AIパートナーズ株式会社 代表取締役